父のことを、ありのまま彼のご両親に伝えてきました。


「今までつらかったね、ちゃんと受け止めたからね。

つらかった過去は忘れて、これからは明るく前向きに生きていかなあかんのやで!

みんなで一緒に、生きていこうね。」


そう、彼のお母さまに言っていただくことができました。


沢山の想いがこみあげて、言葉にならなくて、泣きながらただ「ありがとうございます」という言葉を繰り返すことしかできなかった。


私はしあわせ者です。


こんな素敵なお2人が、私のもう1人のお父さま、お母さまになってくださるんだもの。


お母さまにそう言っていただいて、私は生れて初めて、「ああ、私は生きてていいんだ」と思うことができました。


自分の中にあった、大きなしこりが溶けていくような、そんな言葉でした。




私はいつも「死にたい」と思って生きていました。


14才の頃の私の口癖、「人生があと70年もあるなんて、気が遠くなる。私は30才までに死にたい。」


生きることに絶望していました。


自分ではなぜそう思うのか、原因はわかっていなかったけど、父の暴力が原因だったんだなと、今はそう思います。


自分はなぜ生まれてきたのか、


自分は父に愛されていないのか、


父の暴力は、自分の全てを否定されているかのように、幼い私の心に闇を作ったんだと思います。


父のことを憎むのは、もう疲れたから、私は諦めて生きるしかしかなかった。


それ以上、自分が傷つかないように。




父への想いは、そういうことを思ってはいけない、口に出してはいけないのだと、自分の中に圧しこめて、20年間、友達や恋人や、母や、同じように暴力をふるわれていた姉にすら話すことができなかった。


でも、生まれて初めて、彼には話すことができました。


「どうしてあんな人が自分の父親なんやろう?」と泣きながらいう私に、


「そういうこと、思ってもいいんやで。口にしていいんやで。」と彼は言ってくれました。


それだけで、すごくラクになりました。


救われたような気がしました。




これで、やっと、前に進んでいける。


彼とのことも、自分自身のことも。


これからは、自分のことをもっと愛してあげよう。


もっと大切にしてあげよう。


私のことを大切に想ってくれてる、全ての人たちのために。





生まれてきてよかった。









これから、帰化の手続きを進めていきます。


彼のお母さまのお友達に行政書士の方がいらっしゃるので、手続きを頼んであげるよと言ってくださいました。


帰化してから、彼と結婚することになると思います。


また、ご報告します。




これからは、沢山の優しい言葉を、ここに書ければいいなぁ。